両親と同居⇒別居⇒両親と別居|私はこうして旦那と和解しました

過去に数年間、旦那の両親と同居したことがありました。両親はとてもいい人だし、割と私もご両親と仲が良かったのでうまくいくだろうと思っていたんです。

ですが、実際に一緒に住んでみると、次第に「やっぱり同居って無理!」って思いました。

るる子
るる子

今回はご両親との同居をきっかけに別居、その後ご両親と別居して和解したkayaさんの体験談をご紹介します。

二人目妊娠中に旦那の両親と同居

妊娠中に旦那の両親と同居

私は25歳で今の主人と結婚し、まもなく二人の子供に恵まれたのですが、二人目がお腹の中にいるときに両親と同居することになりました。

それまで、主人と子供との3人暮らし。
私の実家は遠方なので、環境としてはまわりに両親や兄弟はもちろん、友人もほとんどいない土地での生活でした。

旦那の実家は車で30分くらいのところにあり、毎週土日や祝日になると旦那の実家に行ってみんなで一緒にご飯を食べていました。
何より旦那が実家好きで行きたがるので、たまに私がめんどくさいと思っても、必ずといっていいほど行っていたんです。

その頃の私と姑の関係はというと、子供のことに関しては口うるさかったですが、それ以外は割と仲が良く過ごしていました。

同居については、姑から二人目も生まれるし大変なんだから、って提案されました。
どうせ毎週末来るし、旦那の良心もいい人で、仲も悪くないからそんなに嫌じゃなかったんですよね、私も。

迷ったけど、いろいろ旦那とも話し合って、結局は一緒に住むことにしました。

妊娠中から家事負担が倍増

家事負担の増大で疲れ切った妻

ですが、実際住んでみてはじめて、この旦那の実家での「嫁」としての役割が大変だということを思い知ることになります。いや、大変なのは想像していたのですが、それをはるかに上回る大変さでした。

当時家族は旦那の両親、旦那のおばあさん、旦那の妹と、私たちを合わせて7人、そして私は妊娠中。

両親は仕事をしていたので、私が家のほとんどのことをします。
姑が古い考えの人で、手を抜くことを知らないというか、なんでもかんでも手をかけることを良しとし、手抜きは怠け者という考え方なんです。

認められたいと私もがんばりました。まだ若かったので。

それまでの家事の量と比較したら倍増、いや何倍にもなりました。

買い物も毎日7人分のご飯を作るから毎回両手に大きな荷物を持つほどの量。それも当時2歳の子供を連れて。そのほかにもちろん家の掃除洗濯などの家事、ご飯作り、そして、4人分のお弁当作りまで。

妊娠中でも関係なく、お風呂掃除とかでもなんでも私の仕事で、それはもう大変なんてもんじゃありませんでした。

おまけに両親は朝早く、6時前には起きるので、私もそれに合わせなくてはならず、夜泣きされて大変な時期の大きなストレスにもなりました。夕飯も6時には食べられるようになどといった時間的な縛りもありました。私も生真面目で、両親がいることで余計に手抜きができなかったんです。

そんな中、掃除の仕方など、私のやり方や食事の支度など、気に入らない部分があると、姑の機嫌が悪くなることが増えてきました。

今思えば、姑は更年期の時期だったのかもしれません。

私はあまりに大変で、さらにそんな態度を取られてたまに旦那に愚痴を言ったのですが、この時の旦那の対応が完全に姑を保護するものだったのです。

ちなみに主人はもともと家事や育児にはあまり関わらない方で、ご両親がいる安心感からか、実家に入ったらさらに何もしなくなりました。

出産してしばらく姑は私が休むことを進めてくれたので、その時は助かったのですが、そこから数年は小さな子どもを二人抱えての膨大な家事。やはり姑とうまくいかないことが増えていきました。

さらに旦那の弟も転勤で帰ってきて、お弁当の数もひとつ増え、毎日のご飯作りも9人分となっていました。

両親との同居って難しい

両親との同居で疲れ切った妻

私が未熟で甘かったというのも多いにあります。ただ、やはりどんなにいい人でも同居って難しいっていうのが私の正直な感想でした。

旦那とも意見が異なるのに、その両親はさらに年をとって融通も利かなくなっています。
世代も違うし、こだわりとか、これまでやってきたこととか、主張も多く、こちらへの期待や要望も多く、それに合わせるのはやはり相当の苦労があります。

「いまどきの若い子はわからない」なんて年とともによく思うけど、そういうギャップがやっぱりあれこれ問題になったりもするんです。

例えば使い捨て世代と、なんでも捨てられない世代と、考え方が全然違っていて、ことあるごとに気に入らないポイントがでてきます。

きれいにしたいポイントが違ってたり、雑でいいところのポイントが違ってたり、ほんとそういう些細なことがいろいろズレていきました。

そういう意見の合わない人との生活って本当に疲れます。

そして何より旦那の理解がないことで私のストレスはさらにひどくなりました。

同居のストレス 旦那へのイライラで極限状態

ストレスで極限状態の妻

当時は私もまだ20代、姑の言うことをハイハイと聞いていたのですが、やはり不満がマックスになるとたまらず旦那に言うのですが、適当に聞き流されたり、「うるさい、疲れてるから愚痴なんて聞きたくない」と拒否したり、「私が悪い」という方向でおさめられてしまいます。

どんなことであっても全く私の気持ちに寄り添ってくれず、家族が9人もいるのに私はとても孤独な気持ちでした。

実家は遠いし、友達もいない環境で、愚痴を言う相手もいない、息抜きの場もない、次から次にこなさなければならに家事や育児、まさに極限状態。
私の気持ちを理解してくれる人が身近にいないって本当につらかったです。

あまりのストレス状態で、あるとき、運転しながら、このまま事故って死んだら楽になれるかな、なんてふと考えたりして、今思えば鬱になる寸前だったのかもしれません。

それをきっかけに、「このままここで人生を過ごすのは不幸でしかない!」と決断して、当時4歳と2歳の子供を連れて実家に帰る決心をしたんです。

 

両親と同居で旦那との別居を決意

旦那をおいて別居

いい人だから大丈夫と思っていた両親との同居も、わずか3年ほどで限界となりました。
私の我慢も足りなかった部分もあると今は思います。

が、当時別居を決意して実家に帰ったときには、本当に旦那に対して残念な気持ちしかなかったです。

遠くから嫁いだ私に寄り添ってくれることもなく、フォローもなく、ただ見てみないふりをする旦那に期待することなんて何もなかったです。

時に姑の言い分を私に伝えて、うまくやってくれよ、なんて言ってきたこともありました。

旦那はお母さんの息子であって、私の旦那ではないんだな、と別居を決めました。

旦那が両親に優しいのは、とても良いことなのですが、妻の辛い立場を理解してくれようともしない旦那をみると本当に悲しかったんです。

別居するにあたっては、そのこともしっかりと旦那に伝えました。

小さな子供がいたけど、働く覚悟もあり、私は本気だったんです。

 

旦那から両親との別居の提案

両親との同居を解消して別居

自分の実家に帰り、子供たちとゆったり過ごしていましたが、旦那から何度も連絡があり、話し合いをしました。

旦那はさすがに反省したようで、両親と別居することを提案してきました。

その提案を受け、私もいろいろ考えて、最終的には、実家を出て両親とは別に暮らす、ということになり、子供たちと一緒に旦那のもとへ帰ることにしました。

別居期間は2ヶ月ほどと短かったですが、私にとっては人生の大きな分岐点になりました。
あの時に行動を起こしていなかったら、精神的に病んでしまっていたと思います。

私としては、正直そのまま旦那と別れたいという気持ちもありましたが、子供たちのことを考えると、やはりお父さんの存在は大きく、その存在を勝手に奪うのは申し訳ないという気持ちが大きかったです。

また、経済的にやっていけるか、母子家庭になってちゃんと養っていけるか、などなど、いざとなると不安の方が大きかったです。どちらかというとこの経済的な問題の方が大きかったかな。

子供が小さいうちってすぐ病気するから仕事したくてもなかなか難しいし、私の両親は経済的にも、育児面でも実際あまり頼れなかったので。

結果として、旦那の両親とは別居することになり、アパートを探して旦那と4人、実家を出ました。

旦那の気持ち

両親と妻の板挟みで悩む旦那

旦那にしてみれば、両親も子供も大事。そして、ちょっとは妻も大事。

両親と同居してうまくやっていくのが一番だけど、子供を失うことになるくらいなら、両親とは別々に住んでも会えないわけじゃないし、元気だし、ひとまずは別々に住もう、ということだったのでしょう。

私が行動を起こすことで、やっと旦那がこちらの気持ちを汲んでくれました。

私が旦那の母親への愚痴を言うのは、確かにダンナからすれば耐え難いことだったのかもしれません。

旦那が私の母の悪口を言ったらやっぱり不愉快だし、そんなの聞きたくないです。

ですが、実家では、外から来てるのは私だけだから、旦那しか味方する人がいないというのは、わかってほしかった。

旦那も言ってみれば板挟み状態だったのだと思います。

うちの旦那って、そういう妻の気持ちに驚くほど鈍感だったりズレてたりで、よく私をイライラさせるのですが、こういう旦那には、ちゃんと言葉にして気持ちを伝えないと、ほんとうに全く見当もつかないし、わからないんだと強く認識しました。

 

距離をおくことでお互い快適に

両親との別居で距離をおき、お互い快適

いろいろ大変だったけど、両親のいる実家を出て家族4人で暮らしはじめたら、それはとても快適になりました。

新しい住まいも実家から車で10分くらいの距離です。

小さな子供がいるとはいえ、自分のペースで、好きな時間で動けるし、夕飯が少し遅くなったって誰も文句を言いません。

子供たちだけでも大変だったのに、よくあんなにいろいろやってたなぁって自分を褒めてあげたいです。

子供のことでいちいち意見されることもないし、生活がガラリと変わりました。

実家に対しては、特にわだかまりなどもなく、また普通に接することができるようになりました。やっぱり立派な両親だし、いい人なんです。

どんなにいい両親でも、「両親との同居」って、やっぱりかなり違うんだと今でも感じています。

現在は子供たちも独立し、私たち夫婦も熟年となり、これからは両親の年齢的にも介護が心配になってくる頃なので、その時またどうするか、ちょっと心配ではありますが。

お互い元気なうちは、それぞれ生活して、たまに会うのがちょうどいいのだと思っています。

さいごに

kayaさんの体験談、ご両親との同居からの旦那さんとの和解。

 

るる子
るる子

妻の気持ちに鈍感な旦那にははっきり言わなきゃわからないっていうの、わかるわ~。
ほんと、こういう旦那って「察する」ということがないからね。

伝えるには、思ってること、言いたいこと、ダイレクトにビシっと言うしかないみたい。

 

それでいい方向に行くとは限らないけど、言わなきゃまったくわからない人もいるってことよね。

にしても、kayaさんの旦那さん、言っちゃ悪いけど、ほんと頼りにならないお方。
愚痴を聞きたくないという旦那の気持ちも、まぁわからなくもないし、たぶんありがちな話だけど、でもね。

母親を大事にするのはすごくいいことだし、男ってマザコンだから、仕方ないけども。

kayaさんの思い切った決断で結果的には旦那の意識も変わって、両親ともまた会って楽しく過ごせるようになったとのこと。和解という方向に向いてひとまず良かったよね。

こうしてみると、必ずしも無理に両親と同居しなくても、ほどよい距離感でいつでも会えるっていうスタイルでも十分な気がしますよね。

それぞれの生活ルールって違うし、別に無理して合わせなくてもそれぞれ幸せに生きていけるんだから。

自分の人生だもん、そりゃ自由ばっかじゃ生きていけないけど、誰かの犠牲ばっかでも生きていけないわ。

kayaさん、これからもどうぞお幸せに♪

 

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